随想日記


夜明けとともに起床。

と言うと禅宗の坊さんみたいですが、
その実状は、夜中にペプシ飲みすぎたせいでおなか痛くなって下痢になって起床。
滝のようでした。

さて、こういう時はアタマがクルクル回ります。

悟りのような体験時には、世界との一体感のようなものを感じます。
これは、人体の構成要素が、生前にも死後にも世界に存在している、という物理的事実と整合します。

が、

よく考えてみたら、

いくら人体の構成要素が生前も存在してたとは言え、

ものすごーーーく遠くの宇宙の物体とは干渉せずに存在してきた可能性が高いのだから、
「宇宙(世界)と一体感がある」というのは、ちょっとムリがあるんじゃないかな?という気もしてきました。

これは仏教批判ではなくて、
むしろ仏教はそうした部分にも冷徹に判断を下して分析するもの(と思っている)ので、
自分のかってな固定観念とはまたべつの認識・視点が、仏教内に存在するのかなあ・・と思ったりもしました。

まあでも、
ビッグバンが事実なら、その瞬間は、現宇宙のすべてと干渉していたことになるなあ。。
ビッグバンって事実なのかなあ。。

あ、でも、
「父母未生以前 本来の面目」のとき、和尚が、
「宇宙が出来る前、あなたはどこにいましたか?」とも言ってたから、
ビッグバンの有無は議題にしなくてもいいのかなあ。

などと、考えていました。

・・・

転話。

「知性は死なない」(輿那覇潤・著)という本を、買って読んでます。

こちらの記事がきっかけです。

この記事を読んで、
僕と問題意識がおなじ人だな、
その解決策(の提案)ものってるのかな、と思って買ったんですが、
いまのところ、半分くらい読んで、その面では期待をはずしてしまったかもしれません。

一方で、

興味深いと思ったことは、

うつになったとき、
「意欲が減退」すると、一般には思われているが、事実は、
「能力が減退」して、それが「意欲減退」につながる、
という記述です。

そして、その、
「能力の減退」の一つに、「言葉の能力の減退」があって、
著者の場合は、

自分が過去に書いたものも読めないほど、「言葉の能力が減退」したのだそうです。

そしてまた、

そう状態のときは、

言葉の能力が著しく向上し、
論文等を作成する際も、
求める文章が、参考文献のどこに書いてあるか分かるので、

メモを取る必要もなかった、

とのことでした。

この、

「言葉」と「そううつ」の関係はとても面白いな、と思って、

そう言えば、

坂口恭平さんも、そううつ、で、そうの時に文章をすごく書きますね。

そして、

坂口さんの文章と、
輿那覇さんの文章の、似ているところは、

・とても読みやすい、どんどん読めてしまう、
・論理的にもスジが通っている(ように感じる)、
・読みながら、自分だったらどうかな、これを受けて自分は何をしようかな、とか、自分の身に置き換えて考える、発想が連鎖してでてくる、

というとこです。

そして僕も、

文章をたくさん書いたりする時期は、
朝早くに目覚めることが多かったり、睡眠時間が短くても平気な日が2〜3日続いたりします。



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by toshiokake2 | 2018-06-06 05:23
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