作為性の階層


中田さんのノイズミュージックしか聞けないと書いたが、
やぎたこさんのフォークミュージックは聞ける、

不規則な電子音を発生させる無作為と、
そこから継続させる音を選ぶ作為、
そうした全体の行動を取る作為、
無作為性と心地よさの両立、

音楽、
明らかに決まった、決められた旋律、
しかしまるで無作為のように響く声と音、

ナムアミダブツと唱える心とアタマ、
しかし同時に数字を見ることも出来る、

作為や意思には階層があるんじゃないだろうか?
あるいは種類と言うべきか、、

それが人の手によるものである以上、
完全なる無作為とは有り得ない。
完全な無作為が欲しければ人のものでなく自然でも眺めていれば良い。

それでも人のものを見て聞いて、
そのなかに無作為を発見して喜ぶ、

その作為とか無作為ってなんなんだ?

バッハのコーヒーもそう、

有るものを生かして、自我は殺す、ということか???



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by toshiokake2 | 2018-04-28 22:23
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