仮説 フォント ドット


仮説 フォントとドット そして世界認識について


<導入>

わたしが見ているこの文字と、
あなたが見ているこの文字は、
モニター、あるいは液晶上の、ドットで構成されています。

画面をスクロールさせると、
画面上を文字がすべるように見えますが、

実際には、
それぞれのドットが色を変えて、
「文字がすべっている」という「錯覚」を見せています。
(アニメーションがコマ送りを連続に見せるのと似ていますね)


<本文>

この文字。
この文字をつくっているドット。

ドット、それ自体には意味はありません。
ドットが文字の形をつくり、そのドットの並びを見て、わたしとあなたが文字だと認識しています。

ドットが光ります。
ドットの光が目に入り、目はその情報を脳に送ります。

(この時点では、ドットに「意味」はありません)
(脳は「ドット」を「文字」と認識していません)

脳は、目からの情報を、脳の過去の情報と照合する。
照合の結果、それが脳の知っている「文字」だと判定する。
脳はその「文字」を、また脳に送り、それを読む。
ここで「意味」が発生する。
(QRコードをURLに変換するのと似ていますね)

つまり、

文字は、
この画面上に映っているものは(映っている段階では)無意味なのです。
この目の前の文字に、意味を与えているのは、自分なのです。

この文章を見て、
あなたはわたしが書いたと錯覚しますが、
現実には、
無意味なドットの配列を、あなたが受け取り、あなたの脳がそれを文字として構成し、あなたの脳がそれを受け取り、読んでいます。

あなたが書いて、あなたが読んでいる。

突飛に聞こえるかもしれませんが、
一面の物理的事実です。


<派生>

上記のフォント・ドットについての考察は、
そのまま現実世界で見聞きすることにも当てはまります。


<余談1>

Kayu Nakada さんの A circuit not turning というアルバムを聞いていたら、こういうことを考えていました。

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<余談2>

先日、友人からこう言われました。
「へそくんは、線を引く人間なのに、線をまたいでしまった人だね」

僕はかつて科学信奉者で、いまも科学的思考にウェイトがあります。
超常現象などは信じないタイプでしたが、あるときふいに不思議な体験をして、そこから世界観や人生観がだいぶ変わりました。友人の言葉は、僕のそういう部分をさしてのことかと思います。

上の文章は、
科学的であり、仏教的です。
アインシュタインをはじめ、多くの科学者が、「科学と最も相性の良い宗教は仏教」と言っていたそうですね。


<連絡先>

yokohamahesoma@gmail.com

いまだ不明なことの多い未熟者です。上記文章に誤りなどありましたらご指摘いただけると嬉しいです。またアドバイス、ご感想なども歓迎しております。


へそ



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by toshiokake2 | 2018-04-26 11:11 | Notes
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