雑記


朝、店へ向かう道すがら、
川辺の落ち葉の具合が美しいなと思う。
そのまま店へ歩きながら考えていて、どうして落ち葉とかああいうものは美しいのかな、あの無作為な模様、無作為だけどなにかの規則に従っているような模様、人為的でない模様、作為の無い模様、そうした作為の無いものは、作為のある人工物より見ていて楽だな、こちらに何か見せるでもなし、何か意見を求めるでもなし、こちらが意見を持とうとも意に介せず、だから楽なのかな。でも意思があるなしで言えば、落ち葉にも意思がないとは言えず、道路の石にも川にも意思があると言えばある、人にも意思がないと言えば無い、どちらもそう変わらない、というのが僕の立場だから、じゃあやっぱりどうしてだろう、意思があるにせよ、自分より弱いからかな、踏もうと思えば踏める、どうにでも好きに出来る、自分より弱いから圧力を感じないからかな、うーん、どうなんだろ。

店やってたりすると個人店とはいえ色々と決定権はあるので権力者みたいなところがあって、まえに組織で部下を持っていた時も思ったけど、人は権力を持って他人をどうこう出来る立場に立つと、権力は責任と表裏一体だから、責任を手放したくなって権力も手放したくなって、すごく無力な状態になりたいと思ったりするもんじゃないだろか。というか僕はそうです。幼児プレイしたいとか思う。いたいけな金髪の色白の8才くらいの少女にムチで打たれたい。罵られながら打たれたい。弱い存在になりたい。

脱線しましたがそんなわけで落ち葉の具合が美しいなと思って、今朝は店で法テラスに相談するための仕事をするつもりだったので一旦スルーしたのですが(朝は何か「良い仕事」を一つするようにしてるのです)、歩きながら考えてると、ああこれだな、これかも、僕の今朝の仕事ってこれかも、と思って、

写真を撮ってブログに書こう、と思ったのですが携帯など持っていないので店まで行ってiPadを取って引き返してあれどこだっけ、んーなんかこのへん?感じ違う気もするけどまあいっか。太陽光でiPadが反射して画面がぜんぜん見えないよー。まあいっかパシャパシャ。あー、カメラとかほしーなー、とかこーゆーとき思うのですが、いやいやどーせあーゆーゴテゴテしたもんは性に合わないから使わなくなるでしょ、無駄遣いしない。資源をムダにしない。とか思ったりして、、なんの話でしたっけ?

このお店を始めたころ友人がホメてくれた壁のホチキスの打ち損じがあります。近い感性を持っている友人のいてくれる事が嬉しかったです。彼は淡路島に移住して自家焙煎の珈琲豆屋を始めます。蟻鱒鳶ルの岡さんは1月と2月に蟻鱒鳶ル見学会を予定しているそう。
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(owner Ken 店主へそ)

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by toshiokake2 | 2016-01-07 09:33
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