コーヒーが哀しいほど澄んでいる

最初のお客さんにコーヒーを淹れる。味見する。哀しいほど澄んでいる。澄んでいることは哀しい。このコーヒーの澄んでいない部分はどこにいってしまったのだろう。

ブラジル、コロンビア、グアテマラ、ニューギニア。四カ国のコーヒー農園、それもおそらくトップクラスの農園の方々がこのコーヒー豆を、植えて、栽培して、収穫して、送ってくれている。「おそらく」とつくのは、僕が本職のコーヒー屋でないからだ。この店のコーヒー豆は、横浜・鶴ヶ峰にある「自家焙煎珈琲店 陽のあたる道」さんから購入させていただいている。自転車で30分の距離なので自分で足を運んで直接マスターから買わせていただく。知人からの縁でお知り合いにならせていただいた「自家焙煎珈琲店 陽のあたる道」さんは、南千住にある珈琲屋さんのお弟子さんにあたる。仮にB店と書かせていただく。世界各国で収穫されたコーヒー豆は、B店に生豆の状態で仕入れられ、それが日本各地のお弟子さんたちの店、たとえば「自家焙煎珈琲店 陽のあたる道」さんに卸され、その生豆をそれぞれの店のマスターがご自分の眼と手でハンドピック――豆100粒あたりにほんの数粒まじっている質の悪い豆を手作業で取り除く――して、焙煎して、またハンドピックして、それをご自分のお店でコーヒーとして提供したり、豆の小売をしたり、こうして僕の店に売ってくれたりしている。僕が「おそらく」としか書けない世界のコーヒー豆農園のいくつかにも「陽のあたる道」のマスターは訪れているし、B店の創業者の方たるや、正確に聞いたことはないが、それこそゾッとするような回数、世界各国の農園・農地に足を運んでいることはまず間違いない。仕事とはそういうものだし、そうでなければ出せない味だと思う。

僕は数年前までコーヒーにほとんど興味がなかった。たまたま信頼できる知人の紹介で「陽のあたる道」さんを知り、なんとなく訪れて、最初にコーヒーを飲んだときは「美味しいけれど、特別というほどではない」と思った。それからコーヒーのことが気になるようになり、行く先々で喫茶店の扉を開ける機会が増え、一か月ほど経ってまた「陽のあたる道」さんを訪れて、先日と同じ「陽のあたる道ブレンド」を飲ませていただいた。そのときやっと、そのコーヒーの価値がわかった。雑味、嫌な味が全くない。胃にもたれない。主張は控えめだが、美味しさと、広がる余韻が確かにある。それまで一か月まわったコーヒー屋さんでは感じられなかったものだった。全く違う。「美味しい」だけなら「陽のあたる道」さんや「B店」に優る店はあると思う。ただ、僕はこれほど「正しい」コーヒーを飲んだことはない。そしてそれを安定供給しているということは本当に恐ろしい。

正しくて澄んでいる店をつくりたいと思うことがある。澄んでいる店をつくるためにこぼれ落ちるものがある。

コーヒーが澄んでいる。澄んでいない部分はどこにいってしまったのだろう。

(店主へそ)

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by toshiokake2 | 2015-04-24 11:54 | Notes
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